ひとり雑談

平凡な人間の平凡な日々の記録です。

タクシーの話。

その日、僕は疲弊していた。
仕事でトラブルや厄介な案件が続けざまに発生し、それらを何とかやり過ごす。昼を食べる時間もなかった。
残業をこなし、帰りがけにスーツを着たまま無理に体を捻ると、ボタンが弾け飛んだ。やっちゃったなぁと思いボタンを拾う。
会社を出て、早く帰ろうと歩いていると、片方の足の裏に違和感。ガム踏んでる。ちくしょう。
ため息まじりに電車に乗り、ようやく最寄り駅に着いた頃には天気予報になかった強い雨が降っていた。
お天気アプリよ、今朝確認した時には「くもり」だったじゃないか。

傘も歩く元気もない。バスに乗って帰ろうと、バス停に向かう。丁度乗りたいバスが来ていた。
残った元気で少しだけ走る。間に合った…と思いきや、バスは無慈悲にも目の前の僕を置いて走り出してしまった。

ああ、なんてツイていないのか。

もともと僕はあまり運がいいタイプではない。どちらかと言うと運が悪い方だというあまり良くない自覚がある。
そして、僕の不運はこんな風に小さなものが連続して起こる事が多い。

一連の流れで真顔を極めた僕は、タクシーに乗ることに決めた。
この際濡れずに早く帰れれば何でもいい。金も余計に払おうじゃないか。

タクシー乗り場には僕と同じことを考えた人で列ができていた。次々と現れるタクシーが、それをまるで遊園地のアトラクションのように回収していく。
風と雨で体が少し冷えたから帰ったらゆっくり風呂に入りたいなぁ、なんて考えているとあっという間に僕の順番になった。

タクシーに乗り込み、行き先を告げる。
ぼんやりと窓を見つめるとなんだかドラマのワンシーンみたいだと思った。

僕にとってタクシーは特別なときにしか乗らないものだった。少なくとも、「面倒だから」なんて理由で乗ったことはなかった。
…大人になったのかなぁ、とふと考える。
実際、金銭的なゆとりは学生の頃より増えた。
こんな風に、疲れたからという理由で簡単にタクシーに乗るようになったし、ラーメン屋でも、100円高いメニューを躊躇せずに頼むようになった。

でも、こころはどうだろうか。
いつまでも、子供のままな気がしている。
大人になる覚悟も準備もできないまま、気づいたら社会に出ていた。
このまま約50年。僕は生きていけるのか、少し心配になってしまった。

少しネガティブな気持ちになった頃、タクシーは家の近くに到着した。
ここで大丈夫ですと運転手のおじさんに声をかけると、おじさんは「家はこの辺?濡れちゃうから、もう少し近くまで着けますよ」とミラー越しに僕を見つめ言った。

お言葉に甘えて家の真正面まで乗せてもらった。
「風邪引かないようにね」
50年は無理かもしれないけど、少しだけ頑張るか、という気持ちになった。